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特集記事アーカイヴ Issue 2002.01-02

音読であれ、黙読であれ、その行為の中で詩は束の間成り立つ。
〜谷川俊太郎インタビュー 

Interview:小森岳史、カワグチタケシ Takeshi Komori, Takeshi Kawaguchi
Text:カワグチタケシ Takeshi Kawaguchi

―― 最近、書く方を少しお休みになって、朗読を中心にされていましたが。

谷川 まあ書いてますけどね。現代詩のメディアに書かないだけで、なんか注文あると僕、職業だから、書いちゃうんですよ。3年ぐらい前の話ですよね、ちょっとお休みしたいみたいなこと言ったの。でも、そのうちずるずる書いちゃって。書かなくても平気だろうと思ってたら、意外に不安になるんですよね。だから、書いた方がね、気持ちが落ち着くのもあって、まあしょうがないからちょっと…。

朗読の回数が増えたのも別に意図的じゃなくて、息子の賢作が、Divaっていう音楽ユニットをやっていて、ちょうど僕、詩書くのいやになってた時期なもんだから(笑)、一緒に読むんならいいかみたいな…。そしたらそれが、年間30本とかになっちゃったっていう。で、始めたらすごい楽しかったし。体にいいですよね。前も朗読してたんですけど、こんな頻度でやったの初めてだし。

―― 朗読は、もう30年以上やられてますよね。

谷川 1966年に、初めてアメリカに半年ぐらい行った時に、自作朗読ってのを聞いて、それで目覚めたんです。それまで僕、朗読って、有名詩人が色紙書くみたいなもんだと思ってたのね。それまで聞いてた朗読っていうのは、NHKの資料室にあったSPレコードに、島崎藤村の朗読とかさ、ものすごいスクラッチノイズの中から幽霊みたいな声が聞こえてくるわけですよ(笑)。声の記録みたいなもんかと思ってたの。アメリカ行ってそれががらっと変わりましたね。これはもう印刷メディアと同じぐらい音声メディアってのは大事なんだと思いました。それからわりと、自分からは積極的にやるってことはなかったけど、機会があれば読んでみようっていうふうになりましたね。

―― 観客の反応が日本とアメリカでやってた朗読の違うところですか。

谷川 最初に気がついたのは、日本ではだいたいみんな名曲喫茶スタイルで、詩集持ってる人は目で読んでるのね(笑)。全然顔見ないんですよ。アメリカ人はもう絶対にその詩人を見つめてますよね。だからこっちの細かい動きにちゃんと反応してくれる。それから、日本では詩人てのは目を上げない、アイコンタクトを取らない詩人が多いんだけど、むこうの詩人は、だいたいはアイコンタクト取りますよね。(原稿を)読んでても目を上げて、聴衆に語りかけるみたいなね。それを僕はゲイリー・スナイダーから学びました。それから、僕の『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』っていう詩集があるんですけど、その中に同じ題名の、短い詩が何篇かつながったやつがあって、それを書いた時に、普通は活字で発表しますよね。それをやめて、最初に声で発表しようっていうふうに意識して、実際に朗読会があった時に、まず、皆さんに読んで、それからあとで雑誌に発表するっていうことをやったんです。その頃から、音読っていうことを頭に入れて書く詩が増えましたね。

―― 72年5月、ですね。「パルコパロールにて音読」。これはあとでカセット用にも朗読していますが、聴衆の前でライブで朗読をするのと、例えばスタジオのブースの中で読むのとでは違いますか。

谷川 圧倒的に聴衆の前の方がいいですね。僕スタジオってすごい苦手ですね。やりにくいし、あまり意味がない。カセットやCDになって、聴いてもらえるのは嬉しいけど、ほんとのリーディングって意味で言えば、絶対に生の聴衆を前にするのが本来だっていうのははっきりしてますね。自分一人でやるんだったらさ、書いてるのと同じだって気がするんですよ(笑)。たとえ相手が一人でも、前に人がいて、なんか交流があるから、リーディングの意味があるんであって。スタジオっていうのは、完全に閉じられた空間でさ、場がないんですよ。つまんないんですね。だから時々スタジオの中に誰かそのへんにいる人にちょっとお願いして入ってもらって(その人に向けて)読むことがありますね。スタジオに入ると僕ね、呼吸が浅くなっちゃうんですよ。なんだかよく分かんないんですけど、息が詰まりますね。

それから、アメリカ行く前だったかな、日本ビクターから「日本現代詩大系」っていうLPが出て、その時は僕まだ、ラージの聴衆の前では(朗読を)やってない時期だったんで、で僕わりと機械少年でオーディオとか好きだったんですよね。だから録音の仕方、いろいろ考えて、スタジオの中じゃいやだから、ハンドスピーカーみたいなの持って、街でやるとか。それからわざと二度読んじゃうとか。あ、これ読み方よくねえな、もう一遍やろうとか、そういうのが入ってるような録音なんですけど。それは、自分では楽しんでやってたんですよね。

――メディアの違いによって作る段階での意識の違いは、あるんでしょうか。

谷川 僕は今でも、活字で発表するのが基本だとは思うんです。やはり活字の方が、普及度っていうのかな、読んでもらう数としては多くなるわけですし。ただそれを作る段階で、これはわりと音読本位のものか、黙読本位のものかってことは考えることはあるんです。その程度の違いでね。あとはさっき言ったように、聴衆を前にしたライブと、スタジオ録音はまったく違うものだっていう意識はあるんですけどね。朗読会ってのは(聴衆は)何十から何百どまりで、その場で消えていくわけでしょう。でも、消えていくってのはすごくいいっていうのはあって、活字だと詩が固定されちゃってるんだけど、それを声にして読むと、その日の体調とか雰囲気とか、聴衆の質によってどんどん変わっちゃうわけですよ。うまく読める時もあるし、なんか全然乗らない時もあるし。同じ詩を相当違う読み方で読んじゃったりもするし。それから、若い頃の朗読の録音聞くと、もちろん声も違うんだけど、テンポが速いのね。若い頃の方が。ちょっと、照れて読んでるようなとこあるんですよ。それが、経験を積むと、だんだんスレてきてウケ狙いになってきて(笑)。いやらしくなってくるみたいな。活字だとそういうことは起こりえないわけだから、そういう意味での音読のおもしろさっていうのはありますね。

―― 書店の詩集のコーナーが年々狭まってきているような気がしますが、谷川さんの詩集だけはたくさん置いてありますね。現代詩人の中では一人勝ちみたいな印象がありますが。

谷川 僕は、高校定時制しか卒業してなくて、職業に就けなかったわけですね。高校出て、ぶらぶらしてて、将来どうやって食ってこうか、みたいなことを考えてるうちに友達に誘われて詩を書き始めて、それがすごく幸運にも、『文學界』っていう雑誌に発表されて、そのおかげで、こいつにちょっと子供の歌の歌詞書かせてやろうかとか、エッセー書いてみないかとかって注文がぽつぽつ来るようになって、それで、結局定職に就かずに、ずるずるべったり書くことで食えるようになったわけですよね。だから僕にとっては、いい詩を書くことよりも、金稼ぐっていうことが(笑)若い頃の最大の課題だったわけですよ。だから、自分にできることは全部やるっていうことはあったし。それから、当時の詩の雑誌なんか見てると、すごい閉鎖的に思えたんですね。「読者なんていなくていい」っていう態度の詩人が結構多かったんですよ。それはそれでひとつの態度だとは思うんだけど、僕は読者がいなければ詩は成立しないっていうふうに、書き始めて間もなく思うようになりましたね。それで、読者に媚びるっていうんじゃないんだけれども、詩が特に好きな人じゃなくても、普通の人が読んでも、いいと思うような詩を書きたいって、思ってたんじゃないかな。僕の場合わりと早い時期から、原稿料がもらえたでしょ。それでやっぱり責任感みたいなものを、持ったような気がしますね。いい商品作らなきゃ、商人として申し訳ないみたいなことがどうもあって…。

―― それは、朗読の場においてもやはり同じですか。

谷川 同じですね。やっぱりお客様ですよね、聴衆は。楽しませて帰さなきゃいけない。だからまったく笑い声がないと焦る(笑)。笑いが欲しいから、つい、そうなると、おしっことかうんことか(笑)。だから僕はもう芸人だと思ってるんですけどね、舞台上では(笑)。

―― 読者や観客に、嫌な思いをさせるんだったら、それは商品として成り立たないっていう意識が。

谷川 それはあると思いますね。で、だからといってなんか自分の中の暗い部分とかね、そういうものを出すまいとは全然考えてないんですけど、そういうものを出す場合でもなんか面白おかしく出したいみたいな気持ちはありますね。

―― 綺麗なオブジェを作るような感覚・・・。

谷川 そうですね。だから僕は、どちらかというと自分が芸術家ではなくて職人に近いっていうふうに思っています。芸術家ってもっとなんか、すごく重くて暗いものを持っていて、これを書かなきゃ死ぬみたいな(笑)のがね、芸術家だと思っていて、僕はそれすごい尊敬してんですよね。僕のまわりにも少数そういう人たちがいるし、そういう人たちはやっぱりすごい作品を、作ってますよね。だけど自分はそうじゃない、っていう感じ。よく音楽の比喩で言うんだけど、詩集ってのは楽譜みたいなものであって、詩集そのものの中には詩は無いんだと、ね。黙読でもいいけれども、だれか一人の人が、その詩集を読んで、自分の中に感動を持った場合に、やっとそこで詩が成り立つっていうふうに思ってんですよ。だから、楽譜だけでは音楽は無くて、誰か演奏家が演奏すれば音楽になるのと同じように、それが、詩人当人が音読するものであれ、あるいはその読者が黙読してくれるものであれ、その行為の中で詩は束の間成り立つんだ、っていう考え方になってますね。だから朗読も、演奏家と同じで、いろんな演奏があっていいっていう感じです。で、もちろん自分だけじゃなくて、他の人が読む場合も、この読み方が正しいってのはなくて、下手に読んでいい場合もあるし、上手過ぎてつまんない場合もあるわけでしょ(笑)。

―― 上手過ぎてつまらない場合も、ありますか。

谷川 ありますねえ(笑)。ある女性詩人で、元々舞台女優だった人がいて、衣裳なんかもね、考えて出てきてるんですよ。それは完璧に上手いんですけど、なんか詩じゃないような感じがしてくるんですよ。

―― セリフみたいになってしまう。

谷川 そう。芝居のセリフと詩が違うっていうのは、結構大事なとこで、微妙な差なんだけども、それがありますね。女優さんと僕が『はだか』の別々の詩を並行して読むっていうことをやったんですね。それすごくうまくいったんですけども、やっぱり女優さんは、例えば主人公が、15歳の女の子みたいな感じだとすると、15歳の女の子になろうとして、読むとこあるわけですよね。で、僕はそれは考えてないんですね。だから、詩の中の「話者」っていうのは、たとえ69歳の僕が12歳の男の子になって読むとしても、演劇的なリアリティで読むのではなくて、言葉のリアリティで読むんだっていうふうに言えるのかな。、キャラクターがあってもキャラクターになる必要が無い。心理とかそういう面ではニュートラルな声で読まないとまずくて、悲しいから悲しげに読むのは、詩の場合はまずいだろうみたいな、感じがありますね。

―― 作品をオブジェとして作るような感覚と、読者、聴衆との交流がないと、作品はそれは成立しない、っていう二つの分離したものがあるように思えますが。

谷川 僕にとってはそれ割と一致しているんですよ。つまり、綺麗なもの作れば、人は喜ぶだろう、みたいな単純なことですけどね。詩のメッセージとか意味とかっていわれるけど、自分の詩にメッセージっていうものはあんまりないし、入れたくないっていうのかな。確固としたひとつの言語による物体みたいなものが作れれば一番よくて、それが美しければみんな買ってくださるでしょう(笑)、って。で、それが音読では、確固としたオブジェじゃなくて、一種の流れになりますよね。声の流れみたいなものに。それが聴衆と交流できてっていうのを、それも美しい詩であれば、声になったときも、美しい流れになってくれるだろうみたいなことをきっと考えてるんじゃないかな。

それから、自作朗読の場合には、詩人の人柄っていうのがもろ見えになる(笑)。だから要するに、人柄ってことが一番大事だっていうふうに思うんですよ。詩をもちろん聴くんだけど、詩を透して通して見えてくる、その詩人の姿みたいなものね。ほんとにぼそぼそ読んで何言ってるんだかわからないような朗読聞いてて、感動することがあるのは、やっぱり、その詩人がその舞台に立ってる姿を透して、その人の人柄が見えてくるからだろうって気がするんですよね。そこは俳優さんとはやっぱりちょっと違うんじゃないかと思うし、そこがちょっと怖いっていえば怖いところですよね。ばれちゃう(笑)。詩ではけっこうみんなさ、かっこよく飾るわけじゃないですか(笑)、ね。だけど、朗読するとそれいっぺんにばれるんじゃないかみたいなね。そのために別に修行するってわけじゃないんだけど、できるだけ魅力的な人柄になりたいって思いますよね(笑)。詩が下手でもね、その詩と詩のあいだのしゃべりが上手いと聞いちゃうってこともあるわけですよ。立ってるだけで面白い人いるしね。で、それがまた、自作朗読聴く楽しみでもあると思うんですよ。

―― 実際に長い間朗読を続けてきて、日本の観客の反応っていうのは変ってきましたか。

谷川 僕の場合にはね、なんか詩の朗読を聞きに来てくれてんだか、教科書で知ってる名前の生ものを見にきているんだか、よくわからないようなところがあるんですよ。なんかね、ナマ俊太郎に会えた(笑)、なんだ俺はタレントか、みたいな。実際そういう受けとり方されてもしょうがないんでしょうね。それだけでも一種親しみっていうのかしら、活字だけじゃ感じられないものを感じてもらえるわけだから、そういうところでは、前みたいに緊張しきって聞くってことじゃなくなってますよね。あと、子供がいるとすごい楽でね、子供ってのはほんとに、ただ裸の自分を見てくれるわけだから、うんこの詩読めば素直に喜んでくれるわけでしょ。すると場がほぐれる、みたいなね。僕、一番初め大勢の前で読んだのは、ワシントンDCの国立図書館てとこなんですよ。国際詩祭があって。胃が痛くてさ、読み終わったら緊張しちゃってて。こっち側がそういう緊張した状態で読むのと、こっちがわりとくつろいで読むのとで、観客の反応が違いますからね。だんだん場数踏んできて、わりとくつろいで読めるようになったから、むこうもそういうふうに聞いてくれんじゃないかなと思うけどね。

―― 逆にお客さんから、谷川さんご自身が得るもので一番大きいものはどんなことでしょうか。

谷川 ・・・。元気(笑)。やっぱり元気になりますよね。疲れもするんだけど、やっぱり人間ていろんな人に支えられているわけじゃない? 友人とか、恋人とか、夫とか妻とか。たとえそれが二時間の間でも、目の前に何十人だか何百人だかがいて、聴いてくれて、笑ったり、拍手したりしてくれると、やっぱり支えられている、っていう実感があるんですよね。自分にはこういう人がいます、みたいなさ。そういう元気もらいますよね。それは、例えば本が何千部売れるのよりも、ずっと濃いんですよ。その実感が。本は、部数で売れましたっていう報告が来るだけじゃないですか。たまに愛読者カードなんか見せてもらえるだけで。それが実際に、何十人でも目の前にいると、自分がそういう人たちに支えられているということが、すごくはっきり感じられるのがいいですね。たとえあとで悪口言う人がいたとしてもね。

―― 今、詩の朗読をしている若い人は、まず朗読で発表する。活字は、運がよければ出す、ぐらいの気持ちでやっているような感じがします。そういう風潮に関しては・・・。

谷川 ええ、もういろいろ思いますね(笑)。我々世代はやはり作品を作ろうっていうふうに思うんですよね。ちゃんとした精緻な工芸品じゃないにしても、何か形あるひとつの美しいものを提出しようって意識がどうしてもある。今の若い人たちはすごく一人一人孤立していて、家庭にも学校にも居場所が無いみたいな人がすごく多いだろうと思うんだけれども、今の若い詩人たちがいきなり音読で発表するのも、束の間でいいから、誰かとの共同体を作りたいみたいなね、そういう渇望が基になっているって気がするんですよね。自分が抱えているものを、とにかく強く誰かに伝えようという気持ちが強くて、綺麗な作品を作りましょうっていうようなゆとりは無いっていう感じなのね。で、それが僕らにとっては、すごく新鮮ていうのかな、作品意識で作っているのとは違うものが出てきてね、その中にはもちろん玉石混交なんだけど、詩の動きとしては、やはり新しいっていう気がすごくするんです。そこからなにか生まれてくるかもしれないみたいな。僕、前にニューヨーク行ったときポエトリー・スラムで飛び入りでやったわけ。

―― ニューヨリカン・ポエッツ・カフェで。

谷川 ええ。あそこで聴いてても、みんなパフォーマンスが達者なんですよね。活字では絶対伝わらないような身体の動きとかさ、声とか、読み方とか。あれ多分、活字で読んだらたいした詩じゃないんだよ(笑)。僕、英語よくわからないんだけど、そういう感じがしたのね。だから、それでもいいんだっていう感じ。あそこでやっぱりすごい親密な雰囲気の共同体ができているわけですよ。聞き手とパフォーマーの間に。なんかそういうものをみんな求めてるんだと。昔は、まずノートにぼちぼち書き出して、同人雑誌に参加して、先輩に叩かれて、そのうち上手くなると一般の詩壇の雑誌に載って、ちょっと新人賞もらって、最後には『新潮』に載りましたみたいなさ。そういうヒエラルキーがあったんだけど、それは全部崩れたって感じがするのね。それは僕、すごくいいことだって気がするんですよ。今までのそういう詩の評価の仕方でみると、きっとつまんない詩が多いんだけれど、やっぱその評価の仕方だけで評価してちゃだめだな、って。まず音読でやるっていうのはやはり身体ぐるみってところがね、とてもいいっていう気がします。身体ぐるみで聴衆の前に立つと、とにかくつまんなきゃみんな帰っちゃうわけだしさ、しらけちゃうわけだし、そういう他者の経験ていうのを現代詩は持ってこなかったっていう気がするんですよ。雑誌や本で発表してると、全部それが隠れてるから、一人よがりになりがちなんですよね。

―― 詩の世界では、この何年かでそういう盛り上がりがあるのと別に、80年代は逆に衰退していたと思うんです。

谷川 いや、だからそれはつまり、印刷された詩の分野っていう目で見ると、今でも多分衰退してんじゃないかと思いますよ。ただ、それだけが詩じゃなくて、実際に声を出したりパフォーマンスするのも詩だっていうことが出てきたから、今、盛んなように見えてて、でもそれはそういう見方で僕はいいと思うんですよね。(活字で)読んでみりゃつまんないじゃないか(笑)、じゃ済まない問題だと思うし。短歌、俳句の世界でもね、俵万智さんから始まって桝野浩一なんていうのがいて、もう、ほんとにポップになっちゃってますよね。何百万人が書いてて、読んでるわけでしょう。で、現代詩はそれにくらべて孤立してたんだけど、やっとポップ現代詩に(笑)なりつつあるみたいなさ、悪い意味でも、良い意味でも。そんな感じがしますね。魚武さんとか。それから、いわゆる癒し系の絵本(笑)なんてのはほとんど詩みたいなものが多いでしょう。詩がそういうふうにポップ化してくっていうのかな(笑)、それはもう避けられないんじゃないですか。で、売れるもんが力を持つっていうのも、資本主義の原則なわけだから。自分はこういう詩は書かないよ、っていうのはもちろん、なきゃいけないんだけど、そういうものをただ否定していても始まらないっていうのかな。普通の人たちが何を求めているのかっていうことを、ちゃんと読みとらないとまずいな、って気がしますね。

―― 今、45冊ぐらい詩集を出されているんですが、すごい量ですよね。

谷川 いやでもね。この間CD-ROMを出した時に、編集者が二千数百、とか言ってたんですね。単行本、詩誌にはいったものが。でも、サトウハチローは二万いくらだとか言ってましたよ。(笑)えぇーっ。桁が違うなぁ、と思って。あの人なんか、朝飯前に三、四編書いていたとかいうよね。

―― それは本当に職人の仕事っていう感じが(笑)。でも、谷川さんの場合は、職人になりたいけれどもなりきれない部分っていうのもあるように思えます。

谷川 そうですね。だから職人というのは伝統的な技術を継いで、無名性に徹して作るのが職人だっていう風にしたら、僕はやっぱり無名性なんかに徹しられない。現代詩っていうのには、ほとんど技術っていう風に取り出せる要素がないじゃないですか。なんでもありだから。短歌俳句だと、先生が手いれたりできるんだけど現代詩は手いれられないから。そういう意味で厳密には職人とはいえないのだけれども。ただ僕には、どうしてもこれをやらなきゃ死にきれないみたいなものはないんですよ。そういう意味で僕は職人だって自分では思うんですけどね。

―― 伝統技術というのとはまた別に、谷川さんの考える詩の方法論というのは。

谷川 方法論って言葉も適当かどうかよくわからないんですけどね。例えば『定義』と『夜中に台所で〜』って、全然違うスタイルの詩集を同時に出しましたよね。あのへんから自分が、一つの文体でやり続けると飽きてしまって、違う文体を求めはじめるっていうことを意識しはじめたんですけども、それを方法論と言えるかどうか、よくわからないんですよね。強いて方法論っていうことになると、一つの書き方をずっと生涯続けていって成熟できないことが、反方法論というのかな。(笑)書き方を変えていくことで生き延びてきたということが方法論という風にいえば。でも、ほんとは詩っていうのはさ、そんなにしょっちゅう書き方を変えないで、一本の大木のように、(笑)成長していくのが理想だな、なんて思ってるんですよ。憧れとしては。

でも今の時代そんなことできないんじゃねぇのって、一方では思ってるんですね。我々世代が考えてた詩っていうものが拡散していってるのは、ずいぶん前からですよね。それがいいか悪いかっていう判断は各人それぞれあると思うんだけど、僕は拡散してくのもいい面があると思っています。僕なんかは、拡散するほうのいろんなメディアにも手を貸すけれども、自分が書く詩としては、拡散とは反対の方向をやってみたいっていうのかな。昔はストックとしての本ていうのがあったと思うんだけど、今は全部もうフローになっちゃっててさ、ただ流れていくだけって感じするでしょう。だから今すごい素晴らしい3行を書いても、それはもう流れてっちゃってさ、誰も気がつかないんじゃないかみたいなさ、そんな感じがしますよね。これだけの現実に対して拮抗できる言葉が、詩のような短い形じゃないんじゃないかな、みたい気がしちゃうのね。だから、むしろドキュメント的なものとかそういうものが力を持ってると思います。

―― 最後に、ポエトリーカレンダーの読者に、何か一言、メッセージをお願いします。

谷川 困ったなぁ・・・一人一人になら言えるけど(笑)。僕はね、ある集団に対して何かをいうということが苦手なんですよ。個人に対しては言えるんです。で、集団っていうのはほら、画一的にとらえざるを得ないじゃないですか。「若い詩人」とか。でも一人一人違うわけだし。その一人一人が大事なわけだから。

(2001年10月28日 南阿佐ヶ谷のご自宅にて)


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